【感想】福岡県大学合同公演 2016 『喜劇ドラキュラ』を観た

企画にも興味があり、戯曲にも興味がありました。最近は、なんだか忙しくてなかなかお芝居も観れていないのですが、観てよかったと思える公演でした。

感想

まずは、この企画にこの戯曲を選んだというところが、すごくセンスがあると思いました。九州戯曲賞を取った作品を福岡の大学生が上演するということにも意味があると思いますし、このあまり知名度はないけれども上質な戯曲というのが、こういう寄せ集めのプロデュース公演という形式にぴったりとあっているように感じました。

公演の内容は、上質な戯曲に真っ向から挑む大学生というのが観ていてよく伝わってきて、とてもエネルギッシュな若さを感じる演技でした。そこが私には魅力的に思えました。

大きな勘違いがありました

じつは私は大きな勘違いをしてこのお芝居を観ていました。

賞を受賞する戯曲なのだから、作家はけっこう年配の人だろうと思い込んでいたのです。家に帰って調べてみると、なんと作家は19歳だとか!!こんなに戯曲が書ける19歳ってすごい!!

それで年配の人の戯曲だろうというバイアスもあり、ちょっとひねくれた作品を、大学生が真正面から捉えて、嫌らしい深読みは切り捨てて、真っ向勝負した劇だと思ったのですが、これ戯曲の段階でも真っ向勝負だったのかもしれないですね。

つまり、ひねくれていたのは、私自身だったと。下調べをしないで、観るからこんなことに……。アンケートにも的外れなことを書いてしまったかも……。

以下、バイアスがかかった私の個人的な印象です。

タイトルに喜劇とついているので、私はこの作品を喜劇として捉え、喜劇的な演出が施されることを前提としたような戯曲なのかなと思いました。じっさいに、笑いを狙ったようなところもありましたし。

それに対して、この公演の演出では、悲劇的な側面が強調されているような感じがしたのです。

この作品はドラキュラ公として有名なヴラドさんの生涯を描いた悲劇で、ヴラドの姿をみながら君主像だったり、場合によっては独裁者だったりのイメージを観る人にふくらませる内容だと思ったのですね。

そこで主人公のヴラドさんを悲劇の登場人物にするのか、喜劇の登場人物にするのかというのは、劇自体を同化でいくのか異化でいくのかという選択につながるんじゃないかと思います。内容的にはシェイクスピア劇あたりと近しいものを感じますね。シェイクスピアも現代の上演なら、どちらのパターンもあり得ると思うので。

劇中の最後に「これは悲劇ではなく喜劇だ」というセリフがあるのですが、これがタイトルにつながっているとは思うのですが、劇全体を悲劇として演出するのか、喜劇として演出するのかで、このセリフの印象もまた変わると思うのです。そして今回の演出は悲劇だったんじゃないかと。まあ、もとになった人物の人生を考えれば、真っ向から作品に挑んだら悲劇的になるような気はしたのです。

でも、私は作家が意図したのは喜劇的な演出だったのではないのかなーと思っていたのですね。このあたりは、作家にひねくれたおっさん像を描いていたのも原因なんですが。そんなこんなでこの戯曲は演出によって印象ががらりと変わる劇だろうなと思いました。

まだ学生ということもあり、演出が戯曲にちょっとついていけていないところが感じられ、それは惜しいなと。台詞がどうしても間延びしているような感じですね。このあたりは、役者があまりにも真っ向勝負しすぎていて、戯曲のセリフに押しつぶされている感があったような感じでしょうか。とはいえ、まだ学生なので、演出だけの責任ではなく、役者としての経験年数なんかも関係あるでしょう。これから役者としての表現の幅が拡がれば、さらによい役者になるだろうなという感じの役者さんばかりでした。

あとは力みすぎない演技ができるようになると、より素晴らしいのかなと。笑えるシーンでお客さんに笑ってもらえるようにもなりやすいと思いますし、つねに全力の台詞だと観ているほうもちょっと胃もたれ的なことになりそうで……。

まとめ

なんやかんやぐだぐだと書きましたが、観てよかったと思います。上演時間が140分と聞いたときは、正直なところ「マジかよ……」と思ったのですが、飽きずにみることができました。これには戯曲の力も大きいと思いますし、役者の真剣さがよく伝わってくるからこそですね。

なによりも値段も800円(前売り料金)で、これだけの芝居がみれるのはお得ですね。戯曲賞受賞作品が観れるというのも大きい。この戯曲を選んだセンスは、ほんとうに素晴らしい。

この公演は観て絶対に損はないと思いました。